分子集合化学 吉田研究室

生体内では様々な分子が自発的に集まることで,「機能」を発現します。このような分子集合の過程を模倣して,「自在に制御できる分子集合系を創りだしたい」というのが当研究室の目標です。これまでは,特にキラル分子に着目して研究を行ってきました。

研究テーマ

(1)らせん液晶を誘起するための金属錯体型ドーパントの開発

光学活性物質(キラルドーパント)をネマチック液晶に添加すると,らせん構造をもつコレステリック相が誘起されることが古くから知られてきた(F. Reinitzerによって1888年に発見された,初めての液晶相はコレステリック相)。しかし,らせん形成における分子の集合過程は未だ完全には明らかでなく,ドーパントの分子構造から「らせん」の巻き方向(右巻き,左巻き)やらせんピッチ(らせん1巻きの長さ)を予測することは通常困難である。

当研究室では八面体型金属錯体が剛直なキラル骨格をもつことに注目し,独自に開発した錯体型ドーパントを用いてらせん形成機構の解明に取り組んできた。これまでに錯体ドーパントは,高いらせん誘起能力 (HTPという指標で表される) をもつことがわかっている。有機ドーパントのHTPは多くの場合に10以下であるのに対し,金属錯体は時に100以上のHTPを示す特徴あるドーパントとして働く。こまれまでにラマン散乱測定などを行いながら,液晶内部の錯体の「様子」を探ってきた。

なぜらせんが形成されるのか?という問いは,液晶状態における分子間相互作用という根本的な問題の理解に直結する。金属錯体という異質な分子を液晶に添加することで,マクロ構造の形成機構を理解したいと考えている。

図1. 状況によって変化するコレステリック液晶のらせん巻き方向

(2)金属錯体液晶の開発

上記の(1)では,主役は液晶であり,金属錯体はわき役(ただし重要な)であった。一方で,金属錯体を骨格とする液晶は,金属イオン由来の物性と液晶由来の柔らかさを併せ持つ材料として期待されている。当研究室でも,カラムナー液晶相を示す錯体液晶の開発に取り組んできた。主なカラムナー相は,円盤形状をもつ分子が1次元に積層してカラムを形成し,このカラムがさらに2次元的に集合することで形成される。ディスプレイ材料として用いられる液晶は主に棒状分子から構成されるのに対し,カラムナー液晶は1977年に初めて報告された比較的「若い」液晶相である。

 

カラムナー相を構成する分子がキラルな場合には,分子がらせん状に積層したヘリカルカラムナー相の発現も報告されている。ヘリカルカラムナー液晶では強誘電性の発現が確認されるなど,液晶の新たな応用に向けた展開が期待されている。一方で,ヘリカルカラムナー相そのもの報告例が少なく,その内部構造については不明点が多いのが実情である。
カラムナー相を発現する分子骨格としては,一般に剛直な多環芳香族が好まれる。そのため,キラリティーはほとんどの場合,分子末端に導入されてきた。この場合,分子はお互いのキラル部位が重ならないように積層するため,キラル部位間の相互作用は弱くなる。一方,トリスキレート型の八面体型金属錯体では,分子中心にキラリティーが存在する。そのため,もし八面体型金属錯体を集積できれば,キラリティー部位同士が強く相互作用することが期待される。これまでに,いくつかの錯体を検討した結果,図に示した錯体がそのエナンチオ体において,ヘリカルカラムナー相を発現することを見出してきた(Chem. Commun. 2020)。

図2.カラムナー相を形成する金属錯体

(3)粘土鉱物内部での分子集合

「粘土」は子供のころから身近な材料である。一方で,「粘土鉱物」は層状構造をもつ結晶性の無機物質で,層と層の隙間に様々な物質を取り込んだり,一枚一枚の層に剥がれたり,といった様々な特徴をもつ優れた材料でもある。そのため,種々の化学製品(化粧品や車の塗装材など)に利用されている。例えば,粘土層間にキラルな物質を吸着させたものは,高速液体クロマトグラフィー用の光学分割カラムとして利用されている(参考 株式会社大阪ソーダのHP)。

 

一方で,粘土層間に取り込まれたキラル物質がどのように並んでいるのか?そもそも規則的に並んでいるのか?という点が,研究者にとっては大きな謎であった。当研究室では,キラルな分子がラセミ状態(右手型分子と左手型分子が1:1で混在する状態)にある場合,粘土層間で2分子層を形成し,かつこれらが六角形状に規則配列することをX線回折測定により明らかにしている。2次元空間で分子がどう並ぶのか?という基礎科学的な興味に答える結果だと考えている。

図3.粘土鉱物の内部で見られたキラル錯体の2次元ヘキサゴル配列

STAFF

2004年 東京大学理学部地球惑星物理学科卒業
2006年 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻修了, 修士
2009年 東京大学大学院理学系研究科化学専攻修了, 博士(理学)
2009年 花王株式会社
2010年 北里大学理学部化学科 助教
2014年 Simon Fraser University(カナダ) 客員研究員
2016年 北里大学理学部化学科 講師
2021年 日本大学文理学部化学科 准教授

 

所属学会
日本化学会, 液晶学会, 錯体化学会, 粘土学会